NIYA LOG

英語、中国語、韓国語、ヒンディー語、フランス語を勉強中です。

【読書記録】Amrita by Banana Yoshimoto

ハタチぐらいの時から吉本ばななの作品が大好きで 、

辛くなった時、美しい日本語を読みたくなった時、秋の夜とか、いつも手に取るのは吉本ばななでした。

その中でも一番好きなのが『アムリタ』。

どんな話かというと、階段から落ちて記憶を失った主人公が、超能力を持つ弟、作家の恋人、太陽みたいな母とともにゴクゴク水を飲み干すように毎日を生きていく話。

 

何度読み返したかわからないくらい大好きな作品です。 

アムリタ〈上〉 (新潮文庫)

アムリタ〈上〉 (新潮文庫)

 

 

英語を勉強するようになって、英語版も読み始めました。

日本語版をしっかり読んできたためか、英語版の一文一文を読み進める度に日本語の該当部分が脳裏に浮かび上がってきます。

かと思えば、英語の文を読んで「こんな文章あったっけな?」と気づいていなかった文章を再発見することもあり。翻訳と原文との違いを楽しめるようになったのも、英語を学んでよかったことの一つです。

Amrita

Amrita

 

 

原文との違いを楽しむ、で思い出したのがこちら。

「自分の限界を知る、ということは新しいレベルの真実の領域を見つけるということだって、ユーミンもセナもジョン・C・リリーも言ってるよ。」

「その人たち誰?ユーミンは知ってるけど。」

主人公の朔美と弟の由男との会話です。

英語だとこうなっています。

"You know, there are quite a few people in the world who've said that once you've recognized your own limits you've raised yourself to a higher level of being, since you're closer to the real you. Let's see, Yūmi Matsutoya said it, Aryton Senna said it, John C. Lilly said it..."

"I've heard aout Yūmin, She's a siger. But who are the rest of the people you are talking about?"

 

英語の方が朔美の発言がよりわかりやすく具体的になっていますよね。

私が面白いと思ったのはユーミンのところ。本当は「ゆみ」は「ユーミ」じゃないけど、朔実の発言では「ユーミ」になっています。これは、由男が返答に「ユーミン」という言葉を使っているので、ユーミンを知らない外国人にもYūmi Matsutoyaがユーミンであることをわかってもらうためなのかな。

 

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ハタチの頃私はまだ学生で、いろいろなことに疲れて、何もしたくなくて、

ずっと小説ばかり読んでいました。当時刊行されていた吉本ばななの本はほぼ全部読みました。

その時は、「小説ばかり読んでないで、勉強しなきゃ、就職活動もしなきゃ」と焦りながらも、その活力が出てこなくて、ひたすらベットで本を読んでいました。

 

今になってみると、あの時たくさん吉本ばななを読んでおいたからこそ、今英語で読で翻訳を読む楽しみも生まれたし、何よりも自分の心をどんな風に整えるのが効果的かがわかったような気がします。

 

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この小説の中で、一番好きなフレーズがあります。

「それでも、自分の恋人が同じ朝と夜、同じ時間の中に同時にいると思うだけで、いつもの夕方も甘く見える。電話をしても、のびのびと話せる。」

この一節がどのように訳されているのか楽しみにしつつ、今日も英語版を読み進めます。